【再生ストーリー第4話】現場にこそ答えがある|ホットプレス再生の鍵は“空気感”だった

——村井視点

 

あのファイルを見つけたのは、残業が続いたある夜のことだった。

資料棚の奥で、やけに年季の入ったファイルが斜めに突っ込まれているのが目についた。なんとなく気になって引き出してみると、表紙に「再生案/設備更新検討資料」と、手書きで書かれていた。

ページをめくると、手描きの図面とレイアウト案、コスト試算、修正の赤字……びっしりと書き込みがある。

どこかで見覚えのある字だな、と思ったとき、ハッとした。

——これ、柚木さんの字じゃないか?

翌朝、総務課の柚木さんにファイルを差し出した。

「これ、もしかして柚木さんがまとめたんですか?」

彼女は無言で数ページを確認したあと、ゆっくりとため息をついた。

「10年前の資料よ。古賀さんと一緒に作ったの。でも、補助金の話が急に出てきて、新品前提の計画にすり替えられた。結局、この案は“なかったこと”にされたの」

「でも、今こそ活かせると思います。こんなに現場のことが考えられた資料、他に見たことないです」

柚木さんは少しだけ笑って言った。

「だったら、あなたが使って。あなたが動かすなら、きっと価値がある」

そう言われて、胸が熱くなった。自分が誰かに“任された”感覚——その重みを久々に感じた。

その晩、俺はZeroPressの板倉さんにメールを送った。ファイルのスキャンと、自分なりの要点を書き添えて。

「今の設備を活かした再生案です。ぜひご意見をいただけませんか?」

1時間もしないうちに返信がきた。

「まずは物を見ないと話にならない。とりあえず行きますよ!」

なんて軽い返事だ……と思いながらも、そのフットワークの軽さに、逆に本気を感じた。

二日後、板倉さんは現場にやってきた。

作業着に工具箱をぶら下げて、現れたその姿はどこか職人っぽく、どこか飄々としていた。

稼働中の2台、止まったままの1号機、補助金で導入したけど使われていない新品プレス、そして例の中古機——。

ときより近くにいるオペレーターに声をかけつつ、丁寧に見て回った。

「このオイル、さすがにもう替え時だよね!ハッ、ハッ、ハッ」
「サイクルタイムがだいたい40秒だね。一日だいたい何時間くらい稼働してるの?」

そんなふうに、現場の空気を吸い込むように、次々と情報を拾っていく。

午後、資料を見終えた板倉さんが「ちょっと、タバコ吸ってきます」と席を立った。

あれ、タバコ吸うんだ……と思って、戻ってきたところで聞いてみた。

「板倉さん、タバコ吸われるんですね?」

すると、軽く笑って「いえ、吸いませんけど」と返ってきた。

その数分後、気がつけばプレス前で若いオペレーターと笑いながら話している板倉さんの姿があった。

“休憩”という名の、観察と信頼構築の時間だったんだ。

この人は、ただ機械を見ているんじゃない。人を見ている。空気を感じている。

作業を終えたあと、板倉さんは図面を軽くたたいて言った。

「だいたい、わかりました。持ち帰って、早急にプランを提出します」

その言い方は、まるで一度も“できない”を想定していない人の口ぶりだった。

「期待して、待っていてください!」

そう言って去っていく背中を、俺はただ見送った。

不思議なことに、不安はまるでなかった。

夜になり、俺はひとり1号機の前に立った。

カバーの奥、ずっと眠ったままの熱板。その上に、古賀さんの姿が重なった。

「1号機は、俺の人生そのものだよ」

そう言っていた古賀さんが、まだこの機械の奥に、声を残しているような気がした。

もう一度、動かしてやりたい。

そして、あのとき失いかけた“信頼”という名の歯車を、今度こそ噛み合わせたい。

俺、村井駿がこの再生をやりきる——そう決めた夜だった。

〜「図面を見る」のではなく、「人と空気を見る」ことで見えてくる真の課題〜

第4話では、かつて封印された「再生案」が偶然発見され、ZeroPress・板倉が現場に足を運ぶことで、再生への兆しが見え始めるまでを描きました。

今回のテーマは、現場の意見をどう拾い上げるか、そしてそれが再生や改善の出発点になるということです。

🔸“現場に行く”という当たり前が、今では貴重な行動に

コロナ以降、打ち合わせや商談の多くがWeb会議に置き換わりました。
効率的で、距離も時間も超えて会話ができる。便利な時代になった反面、「現場の空気を肌で感じる機会」は確実に減っています。

同じように客先と打ち合わせをしていても、PCの画面越しと、実際に機械を前にしながら会話するのとでは、密度も信頼も、数倍以上の差があると感じたことはないでしょうか?

板倉が「とりあえず行きますよ」と言って現場に現れたことは、単なる情報収集ではなく、現場でしか見えない“本質”を掴むための行動だったのです。

🔸「文句を言わない現場」にこそ、声にならない課題が潜む

現場のオペレーターが、黙々と作業している。
一見すると、順調そうに見えるその姿が、実はギリギリのやりくりで成り立っていたとしたらどうでしょうか?

社内の人間だからこそ気づけない「当たり前」や「仕方ない」も、外部の人間の目線なら、異常として浮き彫りになることがあります。
そして、部外者だからこそ、現場の人も素直に本音を漏らせるという場面は、実際に少なくありません。

今回のストーリーで、板倉が「タバコを吸ってきます」と席を外したのは、ただの休憩ではなく、“観察と対話”の時間だったとわかる場面でもあります。

🔸再生のヒントは、いつも現場にある

再生案の図面や構想も大切です。しかし、何よりも重要なのは「その現場に本当に合っているかどうか」。

板倉が見たのは、機械だけではなく、動かす人の表情であり、工程の流れであり、空気感です。
それらが揃って、ようやく「再生に値するプラン」になる。

“現場を歩く”という行動が、どれほど大きな情報と信頼を生むか——
それを強く感じさせるエピソードとなりました。

▶次回予告

「現場が、最適解を選ぶ」
板倉の再生プランが届いた。しかし、それを本当に受け入れるには、現場だけでは動かせない“壁”があった——。
次回、第5話「現場が選ぶ“最適解”」

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