【再生ストーリー第2話】使われなかった補助金プレスと、現場の静かな怒り

ホットプレスが1台、完全に使えなくなった。

本来なら、このタイミングで“救世主”として稼働するはずの最新機が、
工場にはすでに存在していた。

ピカピカの外装、フルデジタル制御、豪華な操作盤。
補助金を活用して導入された、いわゆる「新時代の設備」だった。

だが、その機械の前に立つ者はいない。
電源も入らず、倉庫の奥でホコリをかぶったまま、
存在だけが、静かに封じ込められていた。

2年前。
工場では、設備の老朽化と現場負担の増加が深刻になっていた。

そこで話題に上がったのが「ものづくり補助金」の活用だった。
周囲の同業者も設備投資を加速していて、
「乗り遅れたら出遅れる」といった空気が社内にも漂っていた。

最初は真っ当な議論だった。
既存工程のボトルネックを洗い出し、どう改善するか。
書類を前に、現場と営業とで何度もすり合わせを重ねた。

だが、申請を進めるにつれて、雲行きが変わり始めた。

「補助金が通りやすいスペックにしよう」
「開発用途にすれば加点がつく」
「実績のあるメーカーにしておいたほうが安全だ」

そんなふうに少しずつ、“通るための仕様”へと目的がズレていった。

現場が求めていた機械は、いつの間にか書類の中から姿を消し、
そこに残ったのは、「採択されるための計画書」だった。

結果として、申請は無事に通った。

補助率は1/2。
経営陣は誇らしげに語り、社内にも笑顔が広がった。

「攻めの設備投資だ」
「これからは、こういう制度も賢く使わないとな」

現場には一言もなかったが、雰囲気は明るかった。
僕もその空気に抗えるほどの立場ではなかった。

納品の日。

大型トラックから降ろされた最新機は、
確かに「立派」だった。

でも、問題はすぐに分かった。

・ワークサイズに合わせたつもりの熱板だが、実際に治具を設置すると50mm足りない
・複雑なプログラム運転機能が満載、必要なシンプルな機能がない
・搬送装置なし、量産工程には不向き
・後付けオプションは高額、仕様変更もできない

そのどれもが、“仕様どおり”だった。
書類には、ちゃんとそう書かれていたのだから。

最初の試運転のあと、誰も再びその機械に触れようとはしなかった。

現場は沈黙した。
経営陣は「なぜ使わないんだ」と苛立ちを隠さなかった。

でも、もう言葉は交わされなかった。
最初から、会話なんて成立していなかったのだ。

その機械はいま、倉庫の奥にある。
誰にも触れられず、ホコリをまとい、
ただ、沈黙している。

“もったいない”という言葉だけでは片づけられない、
工場にとっての、ある種の“痛み”の象徴のようになっていた。

ある日、僕がその機械の前に立っていたときのこと。

足音が近づき、背中越しにやわらかい声が落ちた。

「……あの子、まだ一度も動いてないのよね」

振り返ると、柚木さんがいた。
総務課長でありながら、現場にもよく目を配っている人だ。

彼女は僕の隣に立ち、静かにその機械を見つめた。

「立派な機械ね。でも、誰にも触られないうちに、誰のものでもなくなってしまった」

それだけ言うと、すっと歩き去っていった。

その一言が、僕の中にずっと残っている。

設備とは、機能や価格では測れないものがある。
使われて初めて“誰かの道具”になるのだと、
その時、はじめて実感した。

【第2話 解説】使われなかった補助金プレスの裏側で、何が失われたのか

補助金という制度は、本来、挑戦する企業の背中を押すために設けられたものです。
新しい技術、新しい製品、新しい価値──そうした未来への投資を、国が後押ししてくれる。
その意味では、補助金は「希望」の道具と言えるかもしれません。

けれど、現実はどうか。

今回のように、
「通すため」の書類づくりがいつの間にか目的になり、
「本当に必要だった機能や仕様」が、静かに置き去りにされていく。

これは決して珍しい話ではありません。

書類上では完璧な設備。
しかし実際の現場にとっては、
ほんの数センチの熱板サイズの違いや、不要な制御機能のせいで“使えない”設備となることがあるのです。

それでも、導入は進んでいく。
補助金という名の追い風が、意思決定を加速させてしまうからです。

✔ ZeroPressとして伝えたいこと

人のために導入したはずの機械が、 誰にも触れられないまま、倉庫の奥で眠る──。

これは、企業にとっての“投資の失敗”というだけでは済まされない。
もっと深く、現場の士気を奪い、言葉にならない「諦め」を残してしまうのです。

ZeroPressは、そうした現場の声に耳を傾けたいと思っています。

どんなに性能の高い設備でも、
「誰かにとって、ちゃんと意味のあるもの」でなければならない。
それは、新品でも、中古でも、再生でも同じこと。

補助金を否定するわけではありません。
けれど、その“チャンス”が、本当に必要とされている価値に届いているか。
それを問い直す視点は、これからのものづくりに欠かせないと、私たちは考えています。

▶次回予告

「急ぎで中古を入れよう」
またも現場の声を聞かぬまま進められた導入計画。
結果は、最悪の再現だった──

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